
当社は大正12年(1923年)に創業して以来、菓子一筋に幾多の変遷を歩んで参りました。衛生管理、品質管理の徹底を図り、昔ながらの技術と伝統を生かして、日々新しい商品の開発に挑戦しています。消費者に喜んでいただける菓子を、社員一人ひとりが経営者のつもりで、努力と進歩と供に、お届けできるように頑張っております。
社名は昭和36年(1961年)の新年、竜丘キリスト伝道館の故高橋牧師のお説教にて『わが天の窓を開きて、容るべきところなきまでに、恵を汝らにそそぐや否やを見るべし』(マラキ書第三章十節)の御言葉を賜り、天恵製菓と名付けました。「愛」(Agape)を社是として、常に社会全体の利益を考えた製品と会社造りを目指し歩んでおります。
豊かな南信州 伊那谷

信州伊那谷は、長野県の南端に位置し、中央・南アルプスに囲まれた、県下でも温暖で山紫水明の地として菓子作りに最も環境の良いところです。
伝統芸能の宝庫でもあり、映画「千と千尋の神隠し」で一躍有名になった真冬の湯立神楽、村人が出演する大鹿歌舞伎、古くから伝わる人形浄瑠璃は、現在では毎年8月に行われる人形劇フェスタへと発展するなど、歴史と文化の豊な地域でもあります。
伝統芸能の宝庫でもあり、映画「千と千尋の神隠し」で一躍有名になった真冬の湯立神楽、村人が出演する大鹿歌舞伎、古くから伝わる人形浄瑠璃は、現在では毎年8月に行われる人形劇フェスタへと発展するなど、歴史と文化の豊な地域でもあります。
小京都飯田の菓子の歴史
信州飯田は、昔から小京都といわれておりますが、お菓子も京都のお菓子の技術を受け継いで発展してきました。江戸時代には飯田城主が、京都の職人を招いてお菓子を作らせていたとのことです。明治時代、飯田には300軒ものお菓子屋がありました。もともと伊那谷の人は、お茶とお菓子が大好きなのに加え、当時は養蚕業が盛んな折でもあり、お菓子は常に休憩時の友だったようです。
戦中戦後は食糧難から原料が統制となり、その間は菓子製造は休業状態でしたが、昭和25年(1950年)ころから本格的に菓子作りが盛んになりました。中でも、栗万頭をヒントにした「栗しぐれ」が開発され、大ヒットをし、半生菓子業界では全国稀にみる菓子の産地となっていったのです。
戦中戦後は食糧難から原料が統制となり、その間は菓子製造は休業状態でしたが、昭和25年(1950年)ころから本格的に菓子作りが盛んになりました。中でも、栗万頭をヒントにした「栗しぐれ」が開発され、大ヒットをし、半生菓子業界では全国稀にみる菓子の産地となっていったのです。
会社概要
会社名 | 天恵製菓株式会社 |
所在地 | <本社・工場> 〒399-3202 長野県下伊那郡豊丘村大字神稲6855 TEL:0265-35-2160(代表) <管理センター> 〒395-0001 長野県飯田市座光寺3759-1 |
代表者 | 代表取締役 片桐 義宣 |
役員 | 取締役会長 片桐 裕 相談役 片桐 満 相談役 片桐 力 執行役員工場長 岡部 茂之 |
資本金 | 3200万円 |
売上高 | 60億円 ※令和6年(2024年)第58期 |
事業内容 | 流通菓子企画製造販売 |
販売先 | 全国主要菓子商社・問屋/スーパーマーケット/コンビニエンスストア/小売店/土産物店/東南アジア/アメリカ 他 |
敷地面積 | 33,264m2 ※令和3年(2021年)現在 |
建物面積(延べ) | 21,869m2 ※令和3年(2021年)現在 |
従業員数 | 200名 |
沿革
大正12年(1923年)2月 | 片桐牛太郎が片桐忠一とともに、田島屋製菓菓子舗(豊丘村神稲伴野)を創業 |
昭和28年(1953年)9月 | 田島屋製菓有限会社を設立 資本金100万円、従業員30名、社長:片桐忠一 |
昭和41年(1966年)7月 | 天恵製菓株式会社を設立 資本金300万円、従業員20名、社長:片桐裕 |
昭和43年(1968年)7月 | 資本金を800万円に増資 |
昭和45年(1970年)7月 | 業務拡大に伴い、豊丘村の400坪の敷地に延べ300坪の新工場(現在の第一工場)を完成、移転 |
昭和47年(1972年)6月 | 飯田市座光寺に営業所を新築完成 |
昭和48年(1973年)3月 | 焼き物の機械導入、工場増設 |
昭和52年(1977年)1月 | 力士餅最中を発売 『天恵どら焼』が通産大臣賞・名誉副総裁賞受賞 |
昭和53年(1978年)3月 | 進物『ふるさと三代』『シャロン』を新発売 |
昭和57年(1982年)8月 | 座光寺営業所を増築、出荷体制を強化 |
昭和57年(1982年)9月 | 座光寺営業所へコンピュータを導入 |
昭和58年(1983年)4月 | ケーキラインを増設 |
昭和60年(1985年)6月 | コンピュータスケールの導入により、袋詰製品の量産化に対応 研究開発棟を完成 |
昭和61年(1986年)2月 | マシュマロラインを導入 |
昭和61年(1986年)8月 | 新工場(本社工場)を完成 敷地5,450m2 オムレットラインを新設 創業63年、会社設立20周年記念式典を挙行 |
平成3年(1991年)7月 | エムセンター(福利厚生、品質管理棟)が完成 |
平成5年(1993年)9月 | 『ふんわかチョコタン』がモンドセレクション金賞を受賞 |
平成8年(1996年)8月 | タルトラインが完成 |
平成9年(1997年) | 焼却炉の入れ替え |
平成10年(1998年) | どら焼きラインの入れ替え |
平成11年(1999年)10月 | 第三工場の第一期工事が終了 本社工場が厚生大臣表彰を受賞 巻せんラインを新設 パイまんじゅうラインの入れ替え 小粒まんじゅうラインを新設 袋詰ラインを増設 |
平成12年(2000年)7月 | メンテナンスハウスを新設 |
平成12年(2000年)11月 | 第三工場2階、増築・どら焼きラインを増設 |
平成13年(2001年)9月 | 餡豆炊き装置を新設 |
平成15年(2003年)9月 | くまもと菓子博覧会『ともだちのわ』が名誉総裁賞(文化部門)を受賞 くまもと菓子博覧会『力士餅最中』が技術優秀賞を受賞 |
平成16年(2004年)4月 | 「あんの製造方法」について特許を取得 |
平成16年(2004年)5月 | 創業80周年記念誌「夢限りなく」を発行 |
平成20年(2008年)3月 | 第四工場が完成 |
平成20年(2008年)6月 | 『ふんわかチョコタン』がモンドセレクション金賞を受賞 |
平成21年(2009年)5月 | 役員を交代 取締役会長:片桐裕 代表取締役:片桐義宣 相談役:片桐満、片桐力 執行役員営業部長:大澤高義 執行役員生産管理部長:本島茂男 執行役員工場長:岡部茂之 |
平成26年(2014年)6月 | 『ふんわかチョコタン』がモンドセレクション金賞を受賞 |
平成22年(2010年)12月 | 第四工場2階を増床 |
平成23年(2011年)10月 | 会長が厚生労働大臣表彰を受賞(食品衛生功労者) |
平成29年(2017年)3月 | 第五工場が完成 |
令和元年(2019年)6月 | 『ふんわかチョコタン』がモンドセレクション金賞を受賞 |
令和3年(2021年)5月 | 第一工場を解体 |




受賞歴・ISO
受賞歴
● 平成5年(1993年)
『ふんわかチョコタン』
- モンドセレクション 金賞受賞


● 平成15年(2003年)
『ともだちのわ』
- くまもと菓子博覧会 名誉総裁賞(文化部門)受賞


『力士餅最中』
- くまもと菓子博覧会 技術優秀賞受賞


● 平成20年(2008年)
『ふんわかチョコタン』
- モンドセレクション 金賞受賞


ISO認証

ISO22000:2005 食品安全マネジメントシステム
- 平成19年(2007年)6月:初回認証
- 令和4年(2022年)6月:更新認証
交通アクセス
本社・工場
〒399-3202 長野県下伊那郡豊丘村神稲6855
「座光寺スマートインター」より車で約12分
管理センター
〒395-0001 長野県飯田市座光寺3759-1
「座光寺スマートインター」より車で約5分